ポイント

年代記のはじまり
The Perplexer Chronicle

「<P>シリーズ」北原文野




 時の移ろいの中で、歴史の流れの中で、人は何を考え、その思いはどう伝えられていくのか。
その事象を書きたい人が、「年代記(クロニクル)」を書くのだと思います。
 「年代記」とは、事件を年ごとに記した記録のこと。聖書では『歴代志略 Chronicles』、歴史書では『アングロ・サクソン年代記 The Anglo-Saxon Chronicle』、SFでは『火星年代記 The Martian Chronicles』レイ・ブラッドベリ、ホラーでは「ヴァンパイア・クロニクル Vampire Chronicle」(レスタトを中心とした一連の物語)アン・ライスといえば、年代記の性質がおわかりでしょうか。
 コミックスにもたくさんあるでしょうが、私が好きな年代記は「ハイ・ファイ年代記」(『小さき花や小さき花びら』『空の上のアレン』など)筒井百々子、『ポーの一族』萩尾望都と、「Pシリーズ」です。

ガラス


 「Pシリーズ」は年代記とはうたっていませんが、立派に年代記でしょう。
『L6〜外を夢見て』で登場したESP研究所の超能力者たち。彼らが<反乱>を企て、世間を震撼させたことから、超能力者はPerplexer(混乱させるもの)<P>と呼ばれるようになりました。
<反乱>を鎮めたL6のメンバー、ゲオルグ(ゲオルグI世)とタリーはその功績により都市政府の重鎮となっていきます。
この時、ある地下都市エリアで、弾圧される<P>と、弾圧する<P>、何も知らない一般市民という図が構成されました。

年代主要人物・事件対応作品名
アトラス歴470年ESP研究所で<P>叛乱『L6〜外を夢見て』
アトラス歴505年アライアン、ゴディと出会う「SNOW FESTIVAL」(『砂漠の鳥たち』収録)
アトラス歴515年〜リー・カールセンの物語『砂漠に花を』『砂漠の鳥たち』『砂漠をわたる風』『天使の羽をさがしてる』ほか
アトラス歴517年テツの物語「TETSU」(『PRINTEMPS 4』収録)
アトラス歴518〜534年スロウ・ケアクの物語『夢の果て』ほか
アトラス歴521年フェイの物語「Green Zone」(『PRINTEMPS 5』収録)
アトラス歴526年〜クァナ・クニヒコの物語『クァナの宴』
アトラス歴531〜539年アリステア・ドーサの物語「アリステア4部作」(『魂を鎮める歌』収録)

 詳しい年表は単行本に掲載されている「アトラス歴年表」をご覧いただくとして、現在発表されている作品と網羅している年代は大まかにいって上記のとおりと思います。そして未発表ですが、物語は先へ続いていきます。『リュシアン逃亡』『ラスト・メッセージ』、そしてもっと未来の「ルディとリュースのシリーズ」へと。
 これを年代記といわずして何とする。というわけで、私は勝手に「<P>クロニクル」と呼んでいます。

ガラス


 さて私事を語ると、私も壮大すぎる年代記を抱えています。1894年から2050年くらいまでの、1家系5世代の物語です。最初は単純な、第1次世界大戦で皮肉な出会いをする生き別れの兄妹の話でした。それが、そのあと彼女はどう生きただろう、彼はどうなっただろう、と考えだして話が大きくなり、ついには子孫までできてしまった、というのが、私の「年代記」ができた過程です。

 だから年代記作者の気持ちがなんとなくわかる気がします。登場人物たちの人間ドラマに説得力をもたせたければ、なぜそのキャラクターがそういう人生観や考え方をもっているのか、それをもつに至った経緯=過去を書くことが手段のひとつなのです(ただし、『ポーの一族』の構成視点はこのかぎりではありませんが)。
 さて、「<P>クロニクル」。
 たとえば、リー・カールセンがぽんと出てきて、スロウに「SSP(特別秘密警察)になって、守りたい誰かのために生きのびなさい」と言っても、それは自分がSSPである言い訳のように読者は感じるでしょう。しかし、リーが殺された父親の言葉を胸に、妹アビィのためにどれほどのことを耐えてきたのかを知れば、その言葉の重さがわかるのです。
 またスロウという先達の生き方がきちんと描かれていたからこそ、そしてスロウとリーの邂逅が描かれているからこそ、クァナの<P>救助の決意にすんなり協力したリーに驚かずにすみます。


 ちなみに、現在までの一連の作品を見れば、「Pシリーズ」の要はリー・カールセンであることに気づきます。<P>の不幸を一身に背負った彼は、いちばん消極的で、いちばん死に近く、読者にとっていちばんキツい(私だけか)キャラクターです。
父親の「だれでもね…心の中に花をもっているんだよ。それをふやすのも、へらすのも、自分自身なんだ……」という言葉をただひとつの頼りに生きていく彼は、「人を信じたい」「人間であることを見失いたくない」という信念の強さゆえに傷ついていきます。あまりにも高い壁に四方を囲まれたリーに、読者は<P>迫害の厳しい現実を思い知らされます。

 <P>迫害を受けながら<P>を狩るのがリーなら、<P>迫害の外側にいて<P>を助けるのがスロウです。
年代記的観点でみると、リーと同じテレパスのスロウはいわばリーの対称的な鏡像であって、リーを動かすための導師的キャラクターに思えます。なぜならリーとスロウの邂逅で、スロウは変わりませんが、リーは変わるからです。次にクァナを通して、リーはゲオルグIII世の野望を知り、いよいよ<P>救出に動くようになります。
奇しくもゲオルグIII世は言います、「やり方があの反逆者に似ているではないか─…」「まさか…スロウの幽霊─…」と。
 ここから後の展開が、リー・カールセンの人生のクライマックスになるのではと期待してるのですが……。


 先に『夢の果て』についての拙文で、つがれていく思いの描写が好きだと書きました。年代記は、それを描くのに最適な構成だと思います。
 まずメイリアからロカルー・タジェクへつながれ、地上に出てアライアンやサモスを生かした思いがあります(この辺りは私的な推察)。
 次にゲオルグ・タジェク(ゲオルグI世)から生まれた陰。それは世間に歪められた<P>の認識を植えつけました。また、自身の家族にもひどい仕打ちをし、そこから憎悪の塊と化した“迫害する者の長”ゲオルグIII世が誕生しました。その彼の胸中にわだかまるスロウが、そしてクァニが今後どのように影響してくるのか、興味深いです。
 一方、迫害から<P>を助けようとする抵抗運動は、スロウからトウリオ、瀬音を経てサモスほか地上組へ。地下ではクァナ、リーへと伝播していきます。
 また、何があっても信念を曲げないリーの心の強さは、祐太、テツの硬い心の砦をやさしく包んでいきました。
 その「思い」たちはいったいどこへ集束していくのか。年代記の終わりはまだ見えません。

ガラス


 未完結の年代記と出会うことは、どこに辿り着くかわからない船に乗り、大海原に出ていくのに似ています。最終の港を知っているのは、舵を取る作者のみ。
寄稿した港の情景(新刊)を楽しみながら、船に乗り合わせた人(読者)と時にはおしゃべりをしたりして、船は海原を進んで行きます。そんなふうに、今読める本も楽しめて、なお未来の成りゆきを夢みられるのが、年代記のいいところ。もちろん嵐もあれば、いきなり魔の海域に入り込んだりもしますが、それも一興。

 この世にはない、想像の世界の歴史を読む。それこそ、究極のファンタジー。
 あなたが手にとったその1冊が、歴史の新たな1ぺージです。


ガラス


『夢の果て』については》》》 こちらへ

北原文野「プチフラワー」掲載作品については》》》 こちらへ(先生ご自身のコメント付)



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Wrote 24 July 2002 for Counter No.2000

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