Dairy for Paranoid

NOVEMBER 2004

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04.11.15 Mon.  勤め先は観光名所             12.4 4:30
 最寄り駅から小田急線で代々木上原まで、ここで東京メトロ・千代田線に乗り換えて表参道、ここで東京メトロ・半蔵門線に乗り換えて青山一丁目、ここで都営地下鉄・大江戸線に乗り換えて六本木で下車。大江戸線って新しくできた線なんですよね。だから、どん底深いのです。長いエスカレーターに乗っては下り、乗っては下りすること4回、階段を登ってようやく地上へ。
 どこへ行くのかと申しますと、六本木ヒルズ森タワーです。ここまで片道約50分。ぜはー。

 関西から友人がやってきたおりに「六本木ヒルズ、行きたい」とでも言われないかぎり、行くことはないと思っていました。まさか仕事で毎日「通勤」することになるとは。ほんと人生ってわからん。ま、2週間ぽっきりの、校了間近の本の修羅場手伝いということなんですけどね。

 六本木ヒルズ、森タワー内ビジネスエリアの各階マップを見ていて気づいたこと。Livedoor、楽天、Yahoo!といった競合各社が入ってるんですよ。びっくりだ。どこに居を構えるかでも競ってンのか(笑)。
 実のところ、なぜ六本木にこんなビジネスビルが建ったのか、未だに理解できないんですよね。六本木や麻布は遊びや暮らすにはいい町かもしれませんが、ビジネスには向いてないと思うんですよ。渋谷、新宿、東京、品川といったビジネス拠点のどこに出るにしても不便。私にとっては東京七不思議のひとつだったりします。

 でも観光名所になるだけのことはありますよお。目の前に東京タワーがありまして、昼は昼なりに眺めがいいです。17:00ごろからはヒルズ自体も、東京タワーもライトアップされ、そこに町の灯りもあいまって、なかなかロマンチックです。ヒルズの66プラザも「Floatingイルミネーション」というオレンジのイルミネーションで彩られますし。
 ヒルズの隣は「テレビ朝日」で、番組のオリジナルグッズを販売しているショップがありますし(『都のかほり』の端切れストラップに未だに心揺れていますv さるぼぼみたいな人形がついててかわいいのですが、私のケータイに合わないこと、このうえなし)。
 裏手はおっされ〜♪なブティックやカフェなどが並ぶ「けやき坂通り」。白と青のクリスマスイルミネーション「Snow & Blue」が今年もきれいです。このイルミネーションって、熱を発しない発光ダイオード、LED(Light Emitting Diode)なんですよ。光も普通の電球とは違って、硬質な感じがします。
 下手の、池のまわりを緑や花が囲む「毛利庭園」では、歩き疲れた観光客や、お昼時間のビジネスマンが思い思いに憩っています。

 六本木ヒルズの「クリスマスイルミネーション」については、こちらをどうそ。

 私の職場は森タワーの30階台なのですが、そこからの眺めもなかなかです。ただし席は窓の近くではないので、立ったときに全面窓の向こうはるかに景色が見えるという程度ですが。


 さて、本日は六本木での仕事のほか、16:00から五反田で別の仕事の打ち合わせが入ってまして、初出勤でいきなり仕事を抜け出しました。「ラッシュで乗り換えがたいへんなので、出勤10:30にしてください」と宣ったり、非常に態度のでかい「お手伝い」です(笑)。

 五反田での打ち合せは、とりあえず進めていた企画が正式に通ったことの通達、および契約関係や今後のスケジュールについて。まあ、いろいろ中途半端な部分はあるのですが、とりあえず来年2月には「発売」になるということが決まっただけよし、と、しますか。
 でもなあ、本文のルビつき位置よりもイラストのサイズとか、イメージとかのほうが重要だろうと思うのは私だけ? 「適当に描いてもらえれば。まだラフの段階なんだし」って、それでいいんだな、本当に。
 ついでに、この打ち合わせ。どうして先週金曜あたりにしておいてくれなかったんだ!と、まあ、つくづく思うハメになるわけですが、それはまた後日。

 打ち合せのあとは、ちゃんと六本木に戻ってお仕事しましたよ。んふふ。
 20:30に終業。帰宅してから……ある原稿のチェック開始。本日の五反田での打ち合せを受けての作業です。そう、うっかり二足のわらじになってしまった、この2週間の行く末やいかに?

04.11.14 Sat.  あれから11年の訃報            22:13
 もしかしたら忙しくなるかもしれないので、とりあえず11月の「日記」を遡って埋めてみました。どうだっ! え、11月8日がない? ごめん、そこ、永久欠番! ……じゃなくて、15日(つまり明日だ)が過ぎたら書くかもしれないし、書かないかもしれません。ま、最悪は永久欠番ということで(<結局それか)。

 「掲示板」に挙げたお題もクリアしようかと思ったのですが、さすがに時間切れ。他に実家のこととかも書いておきたいのですが、いつになることやら。「日記」は溜めてはいけません。何度やらかせば、気がすむのやら。

 そして口内炎がまた出現! まさか「日記」をがんばって書いたから? ええっ、そうなの!? つい先日、口内炎で困っていることを「日記」に書きましたら、ある方から「ビタミンB2、B6のサプリメントを2、3日飲んでみたらいかがですか」と教えていただきました。実行してみたら、これがびっくり、2日で治ったんですね。今回もそれだ!とばかりに、ドラッグストアに駆け込みました。これで治らなければ、「掲示板」でゆきかさまに教えていただいた薬を試してみます。


 昨日、久しぶりに泣いたと書きましたが、その前にちょこっと泣いていました。
 11月11日にパレスチナ自治政府の議長であり、パレスチナ解放機構(PLO)の執行委議長、PLO主流派組織「ファタハ」の指導者でもあったヤセル・アラファト氏(75)が死去しました。その報道番組でアラファト氏の生涯を紹介していたのですね。
 アラファト氏は1929年8月24日、エジプト・カイロで生まれました。両親はパレスチナ出身で、父親はガザ地区出身の繊維商人、母親はエルサレムの名家の出自。本名はムハマド・アブドル・ラフマン・アブドル・ラウーフ・アラファト・アルクドワ・アルフセイニ。しかしカイロ大学在学中に、英国統治下で死亡したパレスチナ人の名前をとって「ヤセル」と名乗るようになったそうです。

 で、なにで泣けたかといいますと。
 1990年代、アラファト議長はノルウェー政府の秘密裏の仲介を得て、イスラエルの労働党政権と和平交渉を始めました。
 そして、ついに1993年9月13日、アラファト議長は米国・ワシントンのホワイトハウスで中東和平の大枠を定めた暫定自治宣言(「オスロ合意」)に署名します。その相手こそ、イスラエルのラビン首相。その時、ラビン首相は長きにわたって敵であったパレスチナに呼びかけました。
 「パレスチナ人諸君、言わせてください。 血も涙ももう充分に流しました。……もう充分です」。
 握手を交わしたアラファト議長とラビン首相。そのとき、まさしく世界は祝福と歓喜に湧いたのです。翌1994年、アラファト議長、ラビン首相、ペレス外相はノーベル平和賞を受賞しました。

 ところが、1995年11月4日、テルアビブで開かれた集会で国民に和平路線を訴える演説を終えたラビン首相を3発の銃弾が襲いました。撃ったのは自国イスラエルのユダヤ人過激派。このラビン首相の死をもって、パレスチナとイスラエルの和平の未来は遠ざかったのでした。
 当時、ラビン首相の存在におおいに期待し、パレスチナとイスラエルの諍いの先にようやく平和の光が点ったような気がしたものでした。それがたった一夜でまるで蜃気楼のように消え去った、あの日。

 アラファト氏の生涯を紹介するTV映像の中に、生前のアラファト議長とラビン首相が「オスロ合意」に署名し、クリントン大統領に促されてぎこちない握手を交わすシーンを見て、思わずホロリとしてしまいました。

 「オスロ合意」からすでに11年。はっきりいって何がどうなっているのやら私にはさっぱりわからない、死海のほとり、エルサレムを巡っての戦いは、アラファト氏の死でどう変わっていくのでしょうか。「その行く末に光あれかし」と、もはや祈ることしかできないのですが。

04.11.13 Sat.  心を洗う                 11.14 4:16
 あー泣いた、泣いた。久しぶりに涙ボロボロ流して泣きました。『Dr.コトー診療所2004 後編』。昨日の『前編』共々、オンタイムにTV前に張りつき、そのうえDVD/VHSコンパチもセットして、見逃し撲滅、万全の態勢で臨みました!
 とにかく私は「あきおじ」の話が出てくると、無条件に泣けるのです。「あきおじ」の一言一言がずしんずしんと心に響いて、意識する前に涙がボロボロボロ……。今回も『後編』で再会してしまい、昌代さんのことより、剛洋君と剛利のことより、「あきおじ〜(T_T)」でした。

 ドラマ内で子どもたちが「BELIEVE」という歌を歌うのですが、「この歌、どこかで聞いたことがあるぞ」と考えること、しばし。NHKの『生きもの地球紀行』のテーマソングだと思い出すまでに、エンディングの「銀の龍の背に乗って」に移ってしまいましたよ。最近、物忘れが激しいような気がします……。

 志木那島(与那国島)の四季を波間に映し、1日の間にも夜明け前、曙、日中、夕暮れで刻々と表情を変える海原の美しさ。このドラマを見ていると、確かに島の人々の急な病や怪我を救っているのは五島先生なんだけど、人が人であることに落ち着けてくれるのは自然以外の何ものでもないと思えます。
 地震、台風、猛暑と呪いたくなるほどの試練を時に課してくる自然ですが。それでも人間が自分は「人間」以上でも以下でもない存在と認識できるのは、自然があってこそ。自然を前にすれば、人は神ではない己を知り、その不完全な自分が生きることを自然が赦してくれていることを知り、そうして人は完全ではない自分を赦すことを知るのです。
 ここしばらく忘れていた、そんな感覚を思い出させてくれた、すばらしい風景を撮ってくれたスタッフに拍手を! 久しぶりに心の洗濯をしました。
 すすぎすぎて、ちょっと頭が痛いという後遺症が残っていますが(泣くと頭痛くなりませんか?)。


 実は本日はもうひとつ、心の洗濯をしてまいりました。九段の千鳥が淵近くの山種美術館で開催中の「生誕110年 速水御舟(1894〜1935)展」を観に行ったのです。もちろん、「炎舞」をこの目に焼きつけるために(11月6日付「日記」参照)。
 思ったよりも観覧者が多かったうえに、「炎舞」はガラスの中に展示されていて、正面から素のままを見ることは叶わなかったのですが。やはり、その前に人だかりができるだけの吸引力を持った作品でした。

 「炎舞」の炎のデザインは、合戦などを描いた古典の「絵巻物」に見られる炎に似ているなあと思っていたのですが、御舟は実際、若い頃に「絵巻物」を勉強していたのですね。自分でも「瘤とり爺さん」の絵巻物を描いていました。
 1911(明治44)年から1935(昭和10)年に描かれたものから約50点が展示されていたのですが、やはり圧巻は「炎舞」でした。「人は生涯にひとつは傑作を残す」とはよく言われることですが、「炎舞」はまさにそれ。その1点が、なんの言い訳も説明も必要としない、ただそこにあるだけで御舟という画家の名を不滅にする名作であることが、この画家の「幸せ」の部分であるように感じます。もちろん、若くして病死されたので、心残りも多かったとは思いますけれど。

 燃え盛る炎と今にも焼かれんとする蛾たちの飛翔の熱さにもかかわらず、不思議に静謐が満ちてくる心に、この絵に執着を越えた、没我の境地のようなものを感じるからかもしれないと思いつつ。後ろ髪を引かれながら、美術館を後にしました。

 この「炎舞」は山種美術館の所蔵品だそうなので、機会があれば是非ご覧になってみてください。山種美術館のサイトはこちらです。

04.11.12 Fri.  「掲示板」2題              11.14 2:57
 「掲示板」に書きました『Wolf's Rain』の捏造エンディングに、何人かの方から好評をいただき、すっかり舞い上がっている雑文堂です。えへへへへv 「あんたは作品の真髄がわかってない」とか、「テーマが読み取れない人は黙ってなさい」とか、ご批判いただくかもなあと思っていましたので、正直、嬉しいです。
 気をよくしついでに、ここにもコピペしておこう。なにせ私が初めて書いたパロディまがいの文章ですから、記念に(苦笑)。番組自体を否定する意図はまったくありません。でも気を悪くされる方もいらっしゃるかもしれませんので隠しておきます。読みたい方だけどうそ。
 ★キバが目指していた「楽園」は、キバが生まれた「月の花が咲く地」から続く場所だった。そこは星の原初の力が残る地で、ネイティヴ・アメリカンが聖地と崇める場所だった。
 その力の渦巻く場を開くには、「花の娘」が必要だった。「花の娘」を連れてくるのは人間でも狼でもよかった。でも「月の書」の予言のとおりに、チェザを連れてきたのはオオカミであるキバだった。
 チェザが力場を開き、根づくことで「楽園」が現出する。それは氷河に覆われた地表を少しずつ溶かしていく。
 生き残り、力場まで辿り着いたのはキバ、ツメ、ブルー、そしてシェールとハブ。オオカミだけでなく人間も「楽園」に辿り着いたがために、「楽園」が溶かす大地には人間も存在することになった。
 そして、溶かされていく地上にはダルシアの城と密かに息づくダルシアが……。錬金術と機械が融合した城と、人間とオオカミが融合したダルシアの存在は、また歴史を繰り返させる、「エデンの蛇」となるのかもしれない。
 
……高層ビルが空を突く新宿。雨の降る街を走るキバとまだ会わない仲間たち」。



 「掲示板」にいただきました「医者とドイツ語」。レスを書きながら、けっこう重いテーマを含んでいるよなあと考えていました。
 日本では、明治以降に近代医学を取り入れたときから第2次世界大戦前までドイツ医学が主流でした。だから、医者はドイツ語がわかってしかるべきでしたし、カルテもドイツ語で書かれていました。
 ただ、カルテをドイツ語で書くという行為の裏には、医者という職業の特殊性を誇示するという側面もあったと言われます。もちろん、医院に出入りする事務や一般の人々の目に他人のカルテがふれたとしても、外国語で書かれていたら読めないので、患者の秘密保持に役立つという面がありました。患者自身が見た場合も、そこに致命的な「何か」が書かれていたとしても、医者に告げられないかぎり知らずにすむということも。
 しかし一方では、「ドイツ語がわかる=一般人よりも偉い」ということで職業的立場の誇示や、「自分の健康は医者に握られている」という圧力を患者に感じさせることにもなっていました。また、医者によっては、なにか病気の見立てや治療に問題があったとしても、ドイツ語が理解できる人が見ないかぎりわからないという「隠れみの」にしていた向きもあるようです。

 戦後、日本の医療はアメリカ医学に移行しました。英語が世界の共通語として使われるようになり、研究機関の公式論文が英語で発表されるに至り、医者に必要なのはドイツ語より英語になりました。
 ただ、実は看護医学にはまだドイツ語が残っていたり、また、まさに「カルテ」のように日本の医術の「公用語」にドイツ語由来の言葉も生きていたりして、医療の現場は英語だの、ドイツ語だの、ドイツ語からの和製専門語などが飛び交っているようです。ちょっと考えると怖い事態だなあと思うのですが。だって、同じ語族だとはいえドイツ語と英語は違いますよ。薬の略号とか書いた人と読んだ人の間に齟齬があったらどうするんだという気持ちになります。
 また、医療ミスの実態調査が進んでいる米国では、医者の口頭での伝達やカルテの悪筆で誤解が生じ、それが医療ミスに繋がるという例も報告されています。

 現在、日本では「日本語でカルテを書き、患者に開示していきましょう」という運動が起こっています。夏に私がお世話になった医院も、受付で診察カードを渡したら、代わりにカルテがフォルダごと渡され、それを見ながら診察の順番を待つというシステムでした。薬の名前などは英語でしたが、診断された病名などは日本語で書かれていました。
 米国で推進され、日本でも発展しそうなのが、カルテのIT化。ソフトをシステム化し、使用する言語・用語を統一することで、全国共通、どの医院・病院で診察を受けても同じ様式で記載されたカルテが作られるというもの。データベース化され、パスワードを入れれば、転院した場合でもどこの医療機関からでもその人のカルテを閲覧でき、また患者本人も確認することができます。
 これは慢性疾病などで常時医者のチェックが必要な患者、医者に行く前に病気なのかそうでないのかを判断してもらいたいという病気未満の人などに、インターネットを通じて問診し、来院の手間をはぶくという将来像も見越したものです。

 ただ、カルテのIT化は患者への告知問題やデータ流出の危険性など解決すべき諸問題を孕んでおり、道のりは遠いようですが。


 見渡せば、小さな事実にも問題が潜んでいたりして、ときどき立ち止まることがあります。とはいえ、突き詰めて考えるほど根性はないのですが(苦笑)。

04.11.11 Thu.  一言が人に力を与えるなら……       11.14 2:04
 天の神か地の主か知りませんが、私をこれ以上待機状態にして暴れさせるとマズいと思われたらしいです(笑)。本日、社内稟議が通ったそうで、来週月曜日から2週間ほど「通勤」することになりました。毎日、決められた時刻に通勤ってできるんだろうかとちょっとビクビクしつつ(苦笑)。


 13:00から取材。リクナビ2006の「先輩の仕事情報」の取材は、本日の方で17人になりました。20代半ばから30代前半の方の取材が多いのですが、みなさん、すごく自分の仕事を把握し、がんばっていらっしゃいます。
 もちろん就職情報サイトに掲載するための取材とわかっての発言ですから、「いいこと」になるのは当然なのですが。私は底意地が悪いので(笑)、けっこう突っ込んだ事柄もお聞きします。その方の手が及ぶ仕事の範囲、内容、起こりうる問題点まで、私自身がその仕事を想像できるところまでお聞きしないと、似たような職種の方々のインタビューが並ぶ中で、その方にインタビューした意義を含んだ文章は書けませんので。

 それでも「いちばんやりがいを感じるのは?」という質問の答えはだいたい決まっています。「お客様に笑顔で『ありがとう』と言われたとき、やりがいを感じます」「『おいしい』と評価をいただいたときが、何より嬉しいです」「『これは使いやすいね』と言われて、開発の苦労も吹き飛びました!」。あるいは「上司に『よくやった』と言われたことが、次もがんばろうという気持ちになりました」「作業の間、もうさんざんなほどに注意を受けた方から、最後に出来上がったものを前に『これはお前の成果だ。がんばったな』と言われて、胸が熱くなりました」などなど。職種が変われど、働くみなさんがやりがいを感じるのは、他人から認められ、評価されたときです。

 もしここをご覧の方の中に、企業などで上司の立場にある方がいらっしゃいましたら、ぜひ部下の方に「よくやったな」の一言をかけてさしあげてください。その一言で、部下の方々の仕事への気持ちも、社内の雰囲気も前向きに変わること、請け合いです。
 そして消費者の立場にある方。お買い物をしたとき、あるいは誰かに世話になったとき、「ありがとう」と言ってみてください。たった一言が、仕事をしている人の「やりがいボルテージ」を俄然UPさせるのです。

 人は人によってしか傷つけられない生き物です。そして本当に人間を癒し、勇気づけるのも人間だけだと思います。ほんの一言が言われた人の明日への活力になるのなら、出し惜しみする必要はないと。そう思うのですが、いかがでしょう。

04.11.10 Wed.  『相棒』見てます。            23:15
 いきなりなんとなく暴れたくなっている雑文堂です。こんばんはー。唐突にこんな気分になるというのは、やっぱり運動不足のせいなのでしょうか。どこが悪いというわけでなく、身体のあちらこちらがガタピシする感じ。太極拳とかをやってみるといいのかも。なんかこう、身体の気脈が乱れてるという表現がいちばんしっくりくるんですよね(<でもきっと思うだけで、実行には移さないんだろうな〜)。


 さっき『相棒』を観たら政治の話じゃなくなってました。あれ? 官房長だの、盗聴器だの、情報屋の話はいつ終わったんだ!? 話のつながりからして、先週結着がついた感じ? 先週観てなかったんだっけ? と、「?」マークが頭の上を飛び交っておりました。おっかしいなあ。VHS/DVDコンパチに替えてから10chがタイマー録画できるようになったので、録っているはずなのだが! まあいいや、あとでチェックしておこう。
 右京(水谷豊)さんが免職になってオヤオヤと思っていたら、警視庁に対抗して麹町東署に特命係を作るとか。策士だのう、竹中直人(笑)。「杉下右京は扱いにくい人間だが、ただ一人、それをうまく扱える人物がいる。亀山薫(寺脇康文)だ」とかなんとか、一部視聴者が大喜びするようなセリフまで飛び出しましたね(ええ、私も大喜びですとも!)。警視庁警務部監察官の大河内春樹(2ndシーズンのホモの人)も忠告やら何やらで登場してくるし。どのへんを狙っているのかわからないセリフや人間関係がまた、いとおかし。まあ、いちばんおもしろいのは警察庁官房室長の小野田(岸部一徳)ですが。一度取った回転寿司の皿は戻してはいけません!(笑)

 なんかやっぱり好きですね、この番組。どんどん警視庁、警察庁、所轄、鑑識含めての人間関係も複雑におもしろくなってきたので、このままどんどん行ってくれーっな気分です。

04.11.9 Tue.  NIPPONの底力!             11.14 5:15
 『プロジェクトX 挑戦者たち』を観ました。本日は「日本技術陣 1億の地雷に挑む」。
 先日観た「アジアハイウェー ジャングルの死闘」もそうですが。日本の知恵や技術が海外に貢献していることを知るのが無性に嬉しいのですv

 大規模な油田開発事業を請け負っていた石油採掘機械メーカー・三井海洋開発は石油ショック後、石油開発事業の縮小に伴い解散の憂き目に。時流によって働く場を失った悔しさをバネに、技術者のひとりが三井海洋開発で共に働いた元同僚たちと、レーダーを用いた道路点検業務を行なうベンチャー企業を大田区・蒲田に立ち上げます。しかし24時間、特に夜間に延々と車を走らせ、道路下の地盤の状態をチェックし続けるというきつく地味な仕事にやりがいを見出せず、元同僚たちの辞職が相次ぎました。

 そのころ、社長は国連関係者から依頼を受けます。「地中に埋められた地雷を感知する機器を作ってほしい。あなたの会社のレーダー技術が必要だ。ただし無償で」。詳細を聞くために出かけた先で社長が見たものは、手足を失い、未来を失った目をした子どもたち。なおも地中に残る地雷のために祈りの寺院にも、生活のための畑にも、学ぶための学校にも行けない一般の人々の姿でした。
 社長が感じたのは、理不尽に子どもを傷つけ、生活を奪う武器に対する怒り。地雷感知機を開発することに決めた社長は、しかし無償の仕事であるため、社員に頼らず、自分の時間を割きます。しかし器材の調達にお金がかかり、経理から「無理だ」の声が。そこで社長は自分の計画を社員たちに話し、皆の判断に委ねました。すると、社内から無償の協力者が次々と現れました。社長は、金銭ではなく仕事の「やりがい」こそが社員を動かすのだと悟ります。

 しかし町場の中堅会社で新しい機器を開発するには限度がありました。決意を固めた社長はコンピュータの大手メーカーIBMに、地雷探知機に搭載するコンピュータを小型化するための協力を要請します。プロジェクト参画に反対の空気が漂うIBMの会議の席に、社会貢献部の部長がいました。彼の息子は身体障害者でした。「生まれながらに障害を持つのならまだしも、人の手で障害者を作り出すとは」。部長はプロジェクトを社長に通します。社長の決断は「やろう」でした。

 道路点検事業で培ったレーダー技術に、IBMからコンピュータの小型化技術、シャープから熱帯の灼熱にも強い液晶の技術。そのほか、オムロンやトヨタ、日産などの大手企業が地雷探知機制作プロジェクトに参加。ついに「マイン・アイ」が完成します。
 「会社は何のために社会に存在するのか」。 ひとりの社長が感じた疑問は、世界への貢献という答えを持って、日本を代表する大企業群をひとつのプロジェクトに結びつけたのでした。

 世界中に1億もある地雷が一掃される日はいったいいつなのか。「マイン・アイ」は1年以上かけてベトナムのひとつの村から地雷を除去しました。次は2年の予定でタイのひとつの村から地雷を取り除きます。
 一歩一歩でも歩みを進めていけば、いつかは到達する。壁が高いからといって、止まっていては何もできないということを、視聴者に突きつける内容でした。

 それにしても、アジア・ハイウェーもそうですが、不況などの事情で行き詰まった会社が海外に活路を見い出し、貢献するというパターンがけっこう見受けられます。皮肉めいたものを感じながら、それでももたらす成果の大きさに感嘆しました。

04.11.7 Sun.  コミックで読む『戦闘妖精雪風』        11.14 5:57
 amazon.co.jpから『YUKIKAZE I 戦闘妖精』多田由実(早川書房)が来ましたv 「SFマガジン」2002年4月号〜2003年2・3月号に連載された、多田由実による小編マンガ6編が収録されています。

 OAV『戦闘妖精雪風』OPERATION 1とOPERATION 3を下敷きに、零がなぜあんな性格になったかがわかる子どものころの話や、ブッカーの過去、そして零とブッカーの出会いのシーンなどが、多田由実ならではのコントラストのはっきりした画面で綴られています。ただしOVAで語られている物語は極力省略されていますので、OVAを見ていない方にはちょっとわかりにくいかもしれません。
 そのなかで、トマホーク・ジョンの話はOVAとはストーリーが変わっています。というか、OVAが原作と違うんですね。コミックは原作どおりの展開で描かれています。OVAのトマホーク・ジョンの扱いは、ジャムがどんどん人間に侵食していく怖さがよくわかって、あれはあれでよかったと思いますけれど。

 これを読むと、OVAの制作スタッフがいかに多田由実のキャラクター原案を大切に画面に映したかがわかります。OVAとのキャラクターの違和感をあまり感じないんですよね。出てくるキャラクターがどこか影のある切ない表情をしているのも昔から変わらないなあと、私には懐かしく感じられました。独特の「無機質の色気」と呼びたいような雰囲気が、『戦闘妖精雪風』の世界観にしっくり合ってると思いました。

 雪風という機体自体はあまり描かれていません。零やブッカー、トマホーク・ジョン、バーガディシュなど、キャラクターにフォーカスされています。
 多田由実ファンのみならず、OVA『戦闘妖精雪風』の副読本にお薦めですv

04.11.6 Sat.  火と炎の二重奏              11.11 2:57
 中世から近世のヨーロッパにおける病気の名称について調べに、世田谷区立中央図書館に出向きました。
 病気の原因とされるウイルスやバクテリアや細菌などがまだ発見されていなかった当時は、病気はほとんど「神からの罰」「悪魔の所業」のように思われていたのですね。そのうえ、症状が似ているものは区別できずに同じ名前で呼んでいた可能性もあるので、症状と名称をあるだけピックアップして、まとめてみようと思ったのです。

 しか〜し、しかし。中世から近世に通じていた病名を挙げてある書籍などない!? なんてこったい!!  中世・近世の民俗関係の本、医術に関する本などは、当時の「人体の捉え方」とか、「どこそこの大学で解剖が行なわれた」とか、アヴィケンナ(イブン・シーナ)やガレノス、パラケルススに代表される医学・医術の考え方などは詳細に述べているのですが。どうして当時の病気の症状や病名を書いていないのだ! いや、ペスト(黒死病)についての詳述は腐るほどあるんですけどね。

 仕方がないので禁断の書、『医学辞典』にまで手を出してしまいました。なぜ禁断の書かと言いますと、このカラー版の辞典には、写真やイラストで人体の部分や症例などが非常に詳しく具体的に説明されているのです。肌色の皮膚細胞、白色の脂肪に青で静脈、赤で動脈が描かれていたり、ぺろりと皮を剥いた腕とかの中身が描いてあったり……。
 弱いんですよ、そういうの! ページを捲る手から腕からどんどん力が抜けていって、脚腰の力まで抜けていくような気がするのです。つまり、へたれるんです。ええ。
 そして、そこまでしても見つからないものは見つかりませんでした。くそう。

 ま、おかげさまで「rose(ローゼ/薔薇)」と呼ばれた壊疽性丹毒には詳しくなりましたね。これは別名「神聖な火」「地獄の劫火」とも呼ばれ、飢饉の度に現れる「灼熱の迫害」だったそうです。症状は「不幸な人々が秘密の火で焼き尽されて、四肢が燃え上がるように熱くなるのを感じ、肉はぼろぼろになり、骨は枯れ木のように折れる」のだとか。
 11世紀後半に<火の守護聖人>こと聖アントニウスの遺骨が東洋から運ばれ、その遺骨の功徳で治るとされたため、この病気は「聖アントニウスの火」と呼ばれるようになりました。
 結局、飢饉の際には腐った麦粒までが食べられたため、その腐った麦粒に発生した有毒アルカロイドが原因の病気だったわけですが。この麦角中毒症の毒性であるLSDII25は、麻薬のLSDのご親戚らしいですよ。

 他にも「シフィリス(梅毒)」とか、破傷風とか、「薔薇の病い」とかに詳しくなりましたね。「fever(熱)」の種類が約360もあるのだとも知りました。「cat scratch fever(cat scratch disease)」すなわち「ネコひっかき熱」というのも確かに病名にあって、原因微生物はグラム陰性桿菌説が有力らしいです(つまり、まだ解明されてないんですね)。
 そんなわけで、非常に限られた病気に詳しくなった1日でした(そして明日には忘れている)。


 『美の巨人たち』、本日の1枚は速水御舟の「炎舞」。前週の番組の最後にちらりと映る「次回予告」で見たときから、引きつけられました。
 漆黒の背景に赤々と燃え盛る炎。炎の周りには金泥のフレアと火の粉。渦を巻いて立ち上がる煙りの中に羽を光らせながら、炎に飛び込んでいく蛾。多分に様式化された炎でありながら、まさにはぜる音までが聞こえてきそうな迫力に、刮目しました。さすが重要文化財に指定されるだけのことはあります。
 番組では、速水御舟という画家の人となりを紹介していましたが、もはや「炎舞」の1枚で画家の画力も思いの強さも、そして人生もが納得できる。そういう絵です。
 御舟はこの絵を描くために3カ月間、軽井沢に逗留。庭でたき火をし、炎を見つめ続けていたそうです。炎という形を定めぬものの形を見取ろうとするその執念は、芥川龍之介の『地獄変』を思い起こさせます。そして『地獄変』の炎はかくあったかもしれないと思えるほどに、赤々と燃え上がる御舟の炎。でもその炎はありのままを描いた写実ではなく、様式化された理性的な「効果」が隠されているのです。
 炎を写実に見取り、しかし理性的に様式化し、それがまるで本物の炎に見える、その理解を越えた美。

 東京都千代田区三番町2番地 三番町KSビル1Fの山種美術館では、11月23日まで「速水御舟展」を開催中とのこと。絶対行かねば、と思っています。

04.11.5 Fri.  打ち上げ、ボーンファイヤ!        11.11 2:18 
 本日は英国のガイ・フォークス・デイ Guy Fawkes' Dayです。おそらく過去の「日記」にこの日のあらましについては書いていると思うのですが。
 1603年、跡継ぎを残さないまま崩御したエリザベス1世の後をスコットランド女王メアリの息子、スコットランド王ジェームズ6世が継ぎ、イングランド王ジェームズ1世として即位しました。彼はイングランドとスコットランドの両方を統治することになりました。
 1605年、ジェームズ1世のカトリック教徒弾圧に憤慨した一団が、国会開院式に出席する国王と議員たちを殺そうと、国会議事堂(ウェストミンスター宮殿)に爆薬を仕掛けました。これが火薬陰謀事件 Gunpowder Plotです。
 この陰謀は事前に発覚し、実行寸前の11月5日未明、議事堂地下で36樽の火薬と点火役のガイ・フォークスが発見され、事件関係者は全員逮捕されました。
 議会は11月5日を「救助を神に感謝する日」とし、翌年から休日に定めました。Guy Fawkes' DayまたはBonfire Nightと呼ばれるこの日は、各地で篝火が焚かれ、花火が打ち上げられます。子どもたちが作った「ガイ人形」が街を引き回され、最後には焼かれたりします。


 そんな日に合わせたのかどうか(<関係ないだろ)、本日は19:00より夏から秋にかけての仕事の打ち上げでした。版元編集さんから読者アンケートを見せていただいて、反応に喜んだり、ちょっと反省したり。多かったのは、各キャラクターのページ配分についてでしょうか。「あのキャラは○ページも説明があるのに、このキャラは○ページしかない」とか、「なんでこのキャラが○ページもあるの」とか。「それは台割を切った時点での、掲載できる素材入手の可能性から配分してるんだよ〜」と言っても、誰にも聞こえませんね(苦笑)。
 「打ち上げ」をすると、仕事がひとつ完了したなという気がします。

 そうそう。たまたま席が出入り口に近かったので、私がよく注文しましたけど。付近の方々の注文をまとめただけで、それらをすべて私が飲み食いしたわけではないですよ〜ん(<誰への言い訳だ!?)。いや、なんか誤解されてる気が……。いつもがいつもだからか(苦笑)。

04.11.4 Thu.  日曜日じゃないけれど          11.14 7:03
 毎月第1日曜日は「みかんの日」だそうです。全国果実生産出荷安定協議会が制定したのだとか。何がどうしてそうなったのかは不明ですが、夏はどうするんだろう。早生みかんやハウスみかんも含まれるのでしょうか。ハッサクやグレープフルーツ、ポンカン、ネーブル、オレンジ、タンジェリンなども「みかん」なのかな?
 謎が尽きない記念日です。

 今、家のサイドボードにMサイズ8コ350円也の佐賀みかんがヘタを上に向けて並んでいます。メッチャ幸せですv 温州みかん系の袋も食べられるみかんが大好物です。さすがに8コ400円台のうちは高くて手が出ませんが、350〜380円になりますとついつい買ってしまいます。買うお店も決まっていて、商店街のはずれの八百屋さんが大振りで味のよいみかんをいちばん安い値段で売ってるんですよねv みかんの季節になりますと、にわか常連と化します(笑)。

 果物といえば、今年は「桃太郎ぶどう」という皮まで食べられるぶどうとか、座布団みたいに四角く大きい柿とかをいただきました。「桃太郎ぶどう」は、「瀬戸ジャイアンツ」という品種のぶどうを植えている生産者の中で、設立からブランド化と味の追求に尽力している107名だけが名乗ることができるプレミアムブランドなのだそう。ブランドといわれるだけあって、すごくおいしかったですv
 ボージョレ・ヌーヴォーの解禁もまもなく。欧州は、今年はぶどうが豊作だそうです。去年よりは多く入荷されるのでしょうか。去年は「あ」っと言う間に売り切れていましたからねえ。ワインといえば、夏の炎暑で今年産の日本のワインが美味しいそうです。ま、ひとつくらいあの酷暑が残した「いいもの」があってもいいでしょう。飲み頃になるのが楽しみです。

 さて、またみかんをひとつ、いただきましょうかv

04.11.3 Wed.  たかが……、されど……         11.11 1:37
 文化の日の英語表記はNational Culture Dayなんですね。う〜ん、なんだか舌触りの妙な言葉だと思うのは私だけでしょうか(笑)。
 元々は明治天皇の誕生日を祝う「天長節」でした。1872(明治5)年までは9月22日が当該祝日でしたが、1873(明治6)年に太陽暦が採用され、9月22日を太陽暦に換算した11月3日に変更されました。1912(明治45)年7月30日の明治天皇の崩御で廃止されましたが、昭和に入って復活。戦前まで「明治節」と呼ばれていました。
 1946(昭和21)年、日本国憲法が公布されたことを記念して、1948(昭和23)年に国民の祝日として定められました。日本国憲法が「自由と平和を愛し、文化をすすめる」法であったため、「文化の日」となったようですね。

 ちなみに今日は「まんがの日」でもあります。2002(平成14)年8月、日本漫画家協会と出版社5社によって制定されました。なぜ文化の日に決めたかというと、「漫画を文化として認知してもらいたい」という願いからだそうです。


 さて、昨日、一緒にミュージカルを観に行ったK嬢はライター仲間です。だから上演時間になるまで、劇場近くのBagel & Bagelで「東西ライター対抗愚痴大会」が開催されたのは言うまでもありません(笑)。もちろん、現在のライターの仕事事情や、関わった会社の現況なども含みつつですけどね。

 その中で「やっぱり、ひとつのポイントだよね〜」とお互いにうなずいてしまったのは、見本誌のこと。
 「取材した店に見本誌がほしいと言われたけど、仕事した自分ももらえなかったから断ったら、直接、発行元のほうに苦情が行ってね」「うんうん。それで?」「さすがにそこには発行元のほうから送ったらしいわ。いわゆる会員に配る冊子だったから、市販されてなくて、いずれにしても発行元になんとかしてもらうしかなかったんやけど。でも、お店のほうには私の落ち度みたいに思われるやん」「そやなあ。せめて1冊でもくれていたら、コピーを取って送ることもできたよね。私も見本誌はできるだけもらうようにしてるけど。快くくれるかどうかは、その会社を見るひとつのバロメーターにはなるわね」「くれるところは、会社もきっちりしているところが多い」「でも見本誌をくれても、なんか妙に汚れてるのとか、シワが入っているのとかをわざわざ選んでくれるようなところはもにょる」「そんなところあるの?」「あるよ〜。自分たちの営業見本用にきれいなのを取っておきたいのかしらんけど、私も個人的に営業見本に使うっちゅうねん。別に気にしなかったらええことや、みたいな微妙さがめっちゃイヤ」「それはイヤかも」

 とかなんとか、言いたい放題、話しておりましたね。まあ、同業者ふたり寄ったら、ささやかでせせこましい愚痴が出るものです(苦笑)。

04.11.2 Tue.  All Souls' Day              11.11 0:10
 本日は「万霊節」。昨日の「諸聖人の記念日」に続く、「諸死者の記念日」です。10月31日に現世に戻ってきた先祖の霊は供養され、本日、冥界に戻ります。
 日本と欧米ってものの見方や考え方に大きな隔たりを感じることがままありますが、こういうところは同じ。宗教が違っても、根源的な「死」や「生」に対する感覚はあまり変わらないなあと思います。共通項を探っていくとおもしろいですよね。


 大阪で勤めていたときの同僚であり、ライター仲間であるK嬢がミュージカル『ミス・サイゴン』を観るために上京してきました。バックパッカーでアジア方面をよく旅行していた彼女には、『ミス・サイゴン』は格別にお気に入りの舞台なのだそう。
 私のほうは過去2回の英国滞在中に『Phantom of the Opera』3回(日本から友人が旅行に来る度にチケットを予約し、お連れしていたので)のほか、『Starlight Express』『Les Miserables』『Singin' in the Rain』などを観たのですが、同時期にドルリー・レーン劇場で上演していた『Miss Saigon』には不思議と興味を引かれなかったのです。

 夏からお誘いを受けて、エンジニアを市村正親、キムを笹本玲奈が演じる回で予約を取ってもらいました(この度の日本版『ミス・サイゴン』はダブルキャストならぬ4人キャストなのです。エンジニアは市村氏の他に筧利夫、橋本さとし、別所哲也。キムは笹本氏の他に知念里奈、新妻聖子、松たか子といった具合に)。なぜ市村氏かといいますと、10年以上前に劇団四季の『オペラ座の怪人』を観たときに、市村氏だったんですよ! ものすごく感動したので、その感動を再び!という思いでした。エンジニア、キムの他は、クリス=坂元健児、ジョン=今井清隆、トゥイ=戸井勝海、エレン=石川ちひろ、ジジ=平澤由実。個人的にベスト・オブ・ベストなキャストの回を観られたなあという印象です。

 とにかく大道具が大掛かりです。ヘリコプターの頭は舞台上から降ってくるわ、キャデラックがドドンと舞台に居座るわ。天井まであるホー・チ−・ミンの巨大な銅像はホリゾント前にそびえ立ち、天井から幅2メートル、長さ10メートルの簾が15枚も下がります。さすが大物ばかりなだけに、装置がうまく作動せず途中で公演中止となった回もあるのだとか。
 この日は幸いにも機械トラブルはなく、「ミュージカルが描く戦争」を堪能いたしました。

 17:15という中途半端な開演時間を謎に思っていたら、キムの子どもタム役は4、5歳の男の子が演じるのですが、上演が20:00以降になると児童の労働法に触れるからだそう。19:55に終わるように設定された開演時間が17:15なのでした。なるほど〜。

 観劇の感想は、やはり市村氏はよかった!ですね。マイクのミキシングのせいもあるかもしれませんが、他の役者さん、歌の出だし部分とかがわりと聞き取りにくいのです。この『ミス・サイゴン』はフル・ソング・ミュージカル(セリフもすべて音律がつき、歌に流れていく)ので、特に主役級の役者さんには相当の持久力と歌唱力が求められるのですが。歌の盛り上がり部分を盛り上げるために、出だしなどはちょっと声が小さめで余力を残すのですよね。それもこの長いミュージカルを演じ切るためのひとつのハウ・ツウなのでしょうが、でも気になるといえば気になるのです。
 そこは市村氏、心得たもので、この方のセリフや歌は一定のボルテージを保っていましたね。相変わらず所作も美しく、ときにコミカルで、お見事! 惜しむらくは、やはりちょっと体型がね。寄る年波にはということでしょうか、おなかがちょこっと出ておられたのは、まあご愛嬌ですv

 ストーリーはベトナム版『マダム・バタフライ』といっても過言ではないかと。ベトナム戦争真只中のサイゴン。アメリカ大使館で運転手を勤めるアメリカ兵クリスと、エンジニアが仕切るアメリカ兵相手のキャバレーに新しく入ったキムは運命の出会いをします。一夜を共にし、お互いに欠けたものを相手に見い出した二人は結婚を誓います。
 その矢先にサイゴンは陥落。大型ヘリで次々とサイゴン脱出を図るアメリカ兵たち。クリスも例外ではなく、同僚のジョンに引きずられるようにヘリに乗り込みます。大使館を取り囲む鉄条網の塀の向こうにキムを残したまま。
 陥落から3年。ホー・チ・ミンと名を変えたサイゴンの裏町にキムはいました。そこへ、両親が定めた婚約者トゥイが現れます。親同士の約束により、クリスとのことは水に流してやるから結婚しようと迫るトゥイをキムは拒絶します。軍を率いる立場にいるトゥイは、その力でキムを従わせようとしますが、キムはクリスとの子ども、タムを見せ、なおも拒否します。激怒したトゥイはタムを殺そうとします。

 タムを連れてエンジニアの元に逃げてきたキム。アメリカ兵との子どもであるタムをパスポートに、アメリカへ逃げようというエンジニア。エンジニアとキム、タムは家族としてベトナムからバンコクへ脱出します。

 米国・アトランタで、アメリカ兵とベトナム女性の間に生まれた私生児(ブイ・ドイ)たちをアメリカへ引き取る運動をしていたジョンは、資料の中からキムとタムの存在を知ります。その事実をクリスに知らせるジョン。しかし、クリスにはエレンという妻がいたのでした。
 一方、バンコクではタムのため、生活のために安キャバレーで働くキムの姿が。キムはタムに可能性あふれる未来を与えるため、自分の命を投げ出してもタムをアメリカへ行かせようと思いつめていました。


 絶対にアメリカでは作られなかったであろうストーリー。ベトナム戦争を冷静な眼で見ることのできた英国人ならではの作品ですね。プロデューサー、オリジナル脚本・作詞、音楽はミュージカル『Les Miserables(レ・ミゼラブル)』の制作メンバーです。同じロンドン・ミュージカルといっても、明らかにアンドリュー・ロイド・ウェバーとはスタイルが違います。ウェバーのミュージカルが、ストーリーは削られるだけ削って単純にし、その代わり歌と踊りの刻みのよさで見せるダンス・ミュージカルなら、『Les Miserables』や『ミス・サイゴン』は歌と踊りでストーリーを織り上げていくシアター・ミュージカルといった趣きです。

 唯一の後悔は、「なんでロンドンで観とかへんかったんや、私!」。やはり歌詞を日本語に訳すと音律と合わないんですよね。演劇的な作品なので、歌の中にポイントとなるセリフが多くて、簡潔な日本語に置き換えられないんですよ。ここがウェバー・ミュージカルとの大きな違いかもしれません。
 なので、音律から言葉がはみ出す、はみ出す。原語で聞いたら、もっと印象に残る楽曲なんだろうなあと思うと非常にもったいない。いつか、ぜひロンドン版『Miss Saigon』を観たいと思います。


 その後は、銀座のソニービルの「パブ・カーディナル」で乾杯! 2800円のコース料理をいただきました。食前酒(ワインなどから選択)、前菜3種盛り合わせ(イカのマリネ、カボチャのクリーム和え、あともう1品。どれも美味!)、オマール海老のパスタ トマトソース(でっかいぷりぷりのオマール海老がパスタの上にどんと乗っている)、子牛のカツレツ ミラノ風(カツレツはいただきましたが、付け合わせのポテトとゆで卵をほぐして紫キャベツに包んだものはギブ・アップ。K嬢が食べてくれました)、でかいシュークリームとレモンシャーベットのデザート(これも美味!)、コーヒーあるいは紅茶、の盛り沢山、お腹ぷくぷくコースでした。久しぶりに120%満腹感を覚えました。といいつつ、ギネスを飲んだりして(だって「ワールド・ビール・フェア」をやってたんだもん)。
 「パブ・カーディナル」に興味を持たれた方はこちらをチェック!

 ホテルに門限があるというK嬢と、22:20に有楽町駅でお別れ。アンコールのときに、役者さんから客席に投げられた小さな花束を受け取ってしまったもので(笑)、ほのかなミニバラの香りに舞台の余韻を感じながら帰途につきました。

04.11.1 Mon.  All Saints' Day             23:23
 万聖節です。字面だけでも何やら厳かに清らかな感じがしますね。
 キリスト教で、すべての聖人の恩恵を授かる日。諸聖人と殉教者を記念する祝祭日でございます。

 万聖節とは対極に、キリストを笑いものにする日があるのはご存じですか? その名も万愚節。All Fools' Day。そう、4月1日、エイプリル・フールでございます。


 TVを見ていたら、CMがクリスマスバージョンになっている! 気が早いな、東京ネズミーランド!! でも考えるまでもなく、今年も残り2カ月ですよ。早っ!

 「社内稟議が下りるかどうか、もう少し待ってくれ」ということで、待機中です。まあ、木曜日に打ち合わせて、週明け月曜日に稟議が通るとは思っていなかったので(営業さんは通すつもりだったようですが)、「でしょうねえ」という気分なのですが。4日に決まらなかったら、スケジュールのある話なのでヤバいなあとは思います。

 形になりそうでまだ未完成なものや、まだまだ曖昧模糊としたものが、足元にゴロゴロしています。早く作り上げて皆さまにお見せしたいのですが、私一人で完成させられるものではないので、まだしばらくはゴロゴロ状態のままでしょう。
 なかでも、磨きに磨いて、何度もためすがめつしているものがあります。私が「常駐の制作」の話を断って「フリーの編集」のままでいるのも、これのせいと言っても過言ではないもの。早く世に出したいと思いつつ、これからが勝負どころでございます。来年初頭には……形にしたいですねえ。


Made with Stone Diary



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