PUB STORY in OXFORD
#5

Angel and Greyhound



If Winter comes, can Spring be far behind?  冬来たりなば、春遠からじ

   ―“Ode to the West Wind” by Percy Bysshe Shelley  ―「西風の賦」パーシー・ビシー・シェリーより



 極寒の2月を越えると、それまで枯れた茶色だったメドウ(草地)の土が、黒々と盛り上がってくる。そこここに緑の芽吹きが見られ、日毎に近づく春の足音が聞こえるような気がする。
 英国の冬は暗い。朝は9時過ぎまで暗く、15時過ぎには夕闇が迫る。日中もどんよりとした雲が垂れこめていたりする。だんだん鬱うつとした気分になるのは、もう宿命のようなものだ。

 だから、庭にダフォディル(大型の黄水仙)が咲き始めると、皆、にわかにうきうきしてくる。
「今日、ダフォディルが咲いたわ」
それは、喜びの挨拶。もう春の訪れは近い。まもなく日の光のまぶしいシャワーを浴びることができるのだ。

 時には風速30mのGust(ガスト)が駆け抜ける。英国の3月には風がつきもの。冬の寒さと暗さを風が蹴散らし、そして下旬には復活祭(イースター)を迎える。復活祭は十字架にかけられ死に至ったキリストが、3日後に復活したことに由来する。
それは冬の間眠っていたものたちの目覚めの時節。
おぼろな光を地上に投げていた太陽の復活の時節。
サマータイムの始まりである。

 サマータイムが始まれば、すべてがそれまでより1時間早く始まる。
昨日までのスタンダードタイムで9時に起きても、今日のサマータイムでは8時の計算。
昨日までのスタンダードタイムで22時になっても、今日のサマータイムではまだ21時だ。
それは、日の光をめいっぱい浴びるための、生活の智恵であったりする。


 シティーセントラルから、緑ほころぶChrist Church Meadow(クライスト・チャーチ・メドウ)を横目に歩く。Botanical Garden(植物園)を過ぎ、Cherwell(チャーウェル)川にかかるMagdaren Bridge(モードリン・ブリッジ)を渡り越すと、やがて左手にパブAngel and Greyhoundが見えてくる。
入り口の横の小さなオープンテラスでは、早くも春の宵を楽しむカップルの姿が見える。頭上に掲げられた看板から、グレイハウンド犬を従えた天使が微笑んで見下ろしている。

看板


 なぜ、こんな妙な名前なのか。
 今、このパブのある場所は、Angel and Greyhound Meadow(エンジェル・アンド・グレイハウンド・メドウ)と呼ばれる草地だ。その昔、High Street(ハイストリート)にあった2つの馬車宿(Coaching Inn)、The Angel とThe Greyhoundが、この草地で馬の飼料用の草を育てていた。
やがて2つの宿は姿を消したが、メドウにあったThe Oranges and Lemonsというワインバーが、その記念碑的な名前をもらってパブAngel and Greyhoundになったのだ。

 入っていくと、板敷きの床に、松材の寄せ木で作られたテーブルとイス。2つの大きな暖炉。
正面はチャーウェル川へ続くメドウに向って開かれた大きなガラス窓。外のテラスにも人影が見える。
壁には電気仕掛けのミラーや、古い広告ポスターが貼られ、英国のパブにウォーホール風モダンアメリカンが混じり込んだ雰囲気だ。
その「古くて新しい」スタイルが気軽さを呼んで、店には大学生やバックパッカーの旅行者など若者が多い。
彼らは、壁に向ってダーツに興じ、興奮しながらバックギャモンを操っている。
あちらの団体は大学のスポーツクラブのメンバーだろうか。おそろいのロゴ入りセーターを着込んで談笑している。
こちらの革ジャンにシルバーアクセサリーを光らせた青年たちは、町のちょっとした「ワル連中」かもしれない。
 そう、オックスフォードの若者たちの気取らない姿を見たければ、まさにこのパブは絶好のポイントといえる。


 ビールグラスを手で囲みうつむくさまは、まるでグラスの中を覗いて、何かを探しているようだ。
 ふいっと顔を上げて、近づく私に微笑む。
- Hi!
- Hi!
- How are you feeling?
- Not too bad.
 早速カウンターへ行き、私のワンパイントと自分のハーフパイントのビールグラスをもって戻ってくる彼。
 松材のイスに腰かけて回りを見れば、ほんの2m先でダーツを投げる二人組。
 「あれって、まさかこっちに飛んで来ないよね」
 「まさか。よっぽど指から矢がすっぽ抜けるか、何かでないと」
 笑いながら彼は言う。

 考えてみれば、ちょっと場違いな二人連れだなと思う。若くもなく、声を上げて笑うこともない。
あちらこちらから沸き起こる談笑の渦に、私たち二人のちっぽけな空間は巻き込まれてしまいそうだ。
「にぎやかな店だね」
「そうね。でも、春だから浮かれる気持ちはわかるよ。英国の冬は本当に気が滅入るもの」
「そうかな。まあ、確かに暗いけど。でも、気にしたことはないね」
「それは、あなたが生まれたときからいる国だもの。日本は冬でもここまで日照時間が短くはならないわ」
「ふうん。じゃあ、冬の間だけ日本へ行けばいいんだ。春になったら、英国に帰ってくればいい」
「日本の春もきれいよ。桜が咲いて。でも夏は英国のほうが過ごしやすいわね」
「だから、冬は日本にいたらいい。そして英国に帰ってくる。そうすれば、英国にずっと住んでいられるだろう」
「……まさか。そんなに往復できるだけのお金がないわ」
 顔では笑えたけれど。笑って流せたけれど。

ずっとこの国に住む、日本人の私が。
どきっとした。
ぽんと浮かんだ、それはひとつの予感。



エンジェル&グレイハウンド
今や一体となった天使と犬が高みから見下ろす
パブ Angel and Greyhound


Angel and Greyhound
30 St. Clement's

営業時間:Mon-Sat 11:00〜23:00
     Sun 12:00〜15:00、19:00〜22:30
ビール銘柄:Young's Bitter、 Special、Oatmeal Stout、季節限定ビール、ハウスワイン
フード:(Mon-Sat 12:00〜15:00 18:00〜20:30  Sun 12:00〜14:30)
    フードメニューはメニュー豊富で、ほとんどがホームメイド!
    パイ各種(チキン、ハム&マッシュルーム、牛のビール煮込みなど)
    カレー、マグロ肉(ツナ)を焼いたもの、マッシュルーム入りラザニア
    デザート:トラディショナル・プディング(干しブドウ入りプディングなど)、
         アップルケーキ、タルト各種

その他:子ども同伴可。身体障害者に対応(ただしトイレは2階)。
    バーゲームはチェス、ダーツ、バックギャモン、ドミノ、
    クリベッジ(トランプゲームの一種)。
    入り口と裏庭にオープンテラス席あり。駐車場、至近にあり。

Pub Information from
"Good Pubs of Oxford 3rd Edition" Pintsize Press



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Wrote 4 October 2002



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