PUB STORY in OXFORD
#7

Old Tom



A merry time it is in May.  たのしきかな 五月は


 5月1日はメイ・デー。英国ではバンク・ホリデーつまり祝日だ。
 早朝、太陽が登るころ。雨のあとの霧がかすかに漂うMagdalene College モードリン・カレッジの塔の上から、少年たちの聖歌がわき起こる。
 それを合図に、Magdalene Bridge モードリン橋から次々に盛装した男女が下を流れるチャーウェル川に飛び込んでいく。彼らは、前夜、卒業間近のカレッジの ball(舞踏会)で踊り、飲み、騒ぎ、その興奮覚めやらぬまま、表に出てきた大学生たちだ。
 はっきり言って、橋の下を流れるチャーウェル川は汚い。流れが細い上に錆びた自転車やゴミが投げこまれ、色も濁っている。水深も浅い。そんなところに飛び込むのだから、タキシードも裾長のイヴニングドレスも泥だらけだ。泥だらけですめばまだいい。頭を打って意識不明に陥った学生がいるとかで、警察もメイ・デーの前になると各カレッジや学校に「飛び込み禁止」の書状やポスターを送ってキャンペーンを行なうのだが、やはり毎年この「イベント」は繰り返されている。

モリスダンス
モリス・ダンスにまぎれ込んだ泥タキシードの学生ふたり。


 ちなみに、この舞踏会は卒業が決まった学生だけが参加できる名誉なもので、オックスフォードには舞踏会用のイヴニングドレスを販売する専門店もある。多少サイズが合わなくても、スタッフに言えば、その日のうちに調節してくれる。

 日が昇りはじめると、まだ空中に残る雨の気配に光が反射して、どこもかしこも眩しくみえる。道端には、小さな花束や小物を売る、テーブルひとつの露店が出ていたりする。
 メイ・デーは、元々ローマの花の女神フローラのお祭りだ。英国では16世紀から、女神を讃え、夏の訪れを祝う祭りが行なわれてきた。祭りの花、Mayflower メイ・フラワーはHawthorn サンザシ(米国でのMayflowerはイワナシ)。メイ・デーの早朝、少女たちは白や赤の花をつけたサンザシの小枝を摘みに出かけ、そっと持って帰った。サンザシの小枝は結婚のまじないだったのだ(そうしないと、その年は結婚できない)。
 そうして摘んだ花を家の扉や部屋に飾ったのは、もはや過去の習慣だそうだが。オックスフォードの街中で、手のひらほどの小さな花束が売られているのを見ると、まだ「まじない」は生きているのかもしれない。

 行き交うのは夜っぴて騒いで、川に飛び込んで、寝不足の身体をよろよろさせているタキシード姿の若者たち。これからシャワーを浴びて就寝というところだろうか。

メイ・クイーン
肩車されるメイ・クイーン。


 Radcliffe Camera ラドクリフ・カメラの前では、各地からモリス・ダンスのチームがやってきて、順番にダンスを披露していた。周りを囲むギャラリーから妙齢の女性を選んで、花冠をかぶせてMay Queen に仕立て、ダンスの中心に巻き込み、最後は肩車をして終わる。アコーディオンにタンバリン、鈴や色とりどりのリボン、花の飾りが乱舞して、いかにも「英国でもっとも美しい季節」の祭りらしい。

 日本でいうところのメイ・デーは労働者の日だが、英国のメイ・デーにも「考えを表明する」意味合いもあって、デモやアジテーションが行なわれたりする。オックスフォードではデモこそ見なかったものの、Sherdonian Theatre の銅像が哀れなことになっていた。

シェルドニアン
メイ・デーのシェルドニアン・シアターの彫像。




 メイ・デーが過ぎたある夕暮れ、オールド・トムで待ち合わせた。
 このパブは変わっていて、独自のバンド(楽団)をもっており、Real Ale リアル・エール(純正エール。下面発酵によるラガービールではなく、上面発酵の伝統的な製法で作ったビールのこと)のキャンペーン活動などを主に行なっている。
 オールド・トムはセント・オルデイツ通りを挟んでChrist Church Collage クライスト・チャーチ・カレッジのほぼ真ん前にある。実は、これがパブの名前の由来となった。

 12世紀に修道院だった建物を前身に、クライスト・チャーチ・カレッジは1546年、ヘンリー8世によって設立された。その際、クライスト・チャーチの大聖堂はオックスフォードの主教座となり、最高位の聖堂となった。ちなみに大学内に大聖堂があるのは、世界広しといえども、このカレッジだけ。
 カレッジの入口のひとつ、Tom Tower トム・タワーはクリストファー・レンの設計で、そこに掲げられた大鐘は Great Tom グレート・トムと呼ばれた。この鐘は21時5分になると101回鳴る。これは、昔はカレッジの学生たちの門限が21時5分だったためだとか。また、101という数は、カレッジ創設時の学生数といわれている。

 この大鐘から名づけられたパブ、オールド・トムは、門限の鐘に走る学生たちを眺め、ときには締め出しをくった彼らを迎えたかもしれない。あるいは、クライスト・チャーチ・カレッジの教授陣がエールで舌を滑らかにしながら論議を重ねたかもしれない。その中には、19世紀に数学講師として教鞭をとったチャールズ・ドジソン がいて、時にはルイス・キャロルの名に変わり、『不思議の国のアリス』の構想を練ったかもしれない。
 オールド・トムは、1824年、ビール醸造所で知られるMorrell に売られたが、それ以前から何世紀もパブだった。
 年1回、クリスマスには聖歌のライブも聞かれるこのパブは、今ではクライスト・チャーチ聖歌隊とも提携している。

 そんなパブの歴史とカレッジとの結びつきも、店内に入れば関係ない。暗くて狭い、ちょっと穴蔵のような空間に目が慣れてくると、スタッフからも常連っぽいおじさんたちからも、声さえかけてこないけれど、フレンドリーな雰囲気が漂う。学生や旅行客を迎え慣れている、その鷹揚さがうれしい。

 つらつらと考えながら、窓からカレッジのトム・タワーを眺めていると、窓を叩く手。
 1パイントのリアル・エールを飲み干したら、さあ、夏の夕べにカレッジで開かれる野外劇を見に行こう。

オールド・トム
オールド・トムの看板にはトム・タワーが描かれている。


Old Tom
101 St. Aldates(クライスト・チャーチ・カレッジのほぼ向い)

営業時間:Mon-Sat 10:30〜23:00 Sun 12:00〜15:00、19:00〜22:30
ビール銘柄:Morrells Bitter、Graduate、Varsity
      8銘柄のモルト・ウイスキーを含む18銘柄のウイスキー及びワインリスト。
フード:(ランチタイム12:00〜14:30 イヴニング17:00〜21:00)
    オックスフォード・シティのパブの中で、唯一「グッド・パブ・フード」に選ばれた実績あり。
    値段まわりは他のトラディショナル・パブと変わらない。

    できたてを味わうならランチタイム。イヴニングは、メニューが限定される可能性あり。
    イタリア風チキンのヌードル添えは特にお薦め。
    ブレッド・アンド・バター・プディング、ドイツ風アップルパイとシュトルーデル。
    季節により、ブランデー入りミンス・タルト。
    サラダのチョイスも幅広い。
    ベジタリアン用のオプションもあり(カリフラワーと卵を焼いたものなど)。
    子ども用に量の調節可。子ども席は中庭に。
    車椅子もスタッフの対応可。


Pub Information from
"Good Pubs of Oxford 3rd Edition" Pintsize Press



TITLE PAGE NEXT


禁/転載・再配信
Copyright©ZATSUBUNDOU All Rights Reserved
Wrote 27 July 2003



Material Designed by Studio Blue Moon様
BLUMOON


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送