PUB STORY in OXFORD
#3

The Grapes

Happy New Year!
……
今年も最初に会う人が、あなたであるように。
早く、早く……。

いつか聞いた荒井由実の歌が、頭の中に低く低く響いている。
それはまるで、この日のためのBGMであるかのように。

 ここはジョージ・ストリートの小さなパブ、The Grapes。
小さな入り口をくぐれば、奥まで細長い“うなぎの寝床”のようなパブである。
いつも人でいっぱいの老舗のパブだが、今日は格別の混み具合。なぜならNew Year Dayを仲間と共に迎えようという人であふれかえっているからだ。
陽気な歌声が聞こえる。誰かが歌いはじめると、周りの客もいっしょに歌いだす。いつもは仲間同士でだべって飲んで帰るというパブの宵も、今夜ばかりは店全体がお祭り気分で一致団結している。

 オレンジ色のやわらかな照明が煙草の紫煙でかすみ、ぼんやりとした人影がうごめいている店内を、ビールグラス片手にすがめて眺める。

 8年ほど前にオックスフォードを初めて訪れたとき、ガイドブックに載っていたこのパブに、友人とおっかなびっくり入ったんだっけ。
英国に来たらパブだよね、と言っていたわりには行く機会がなくて、「オックスでパブに入らなきゃ、もう入る機会がない!」とかけっこう“決意”を固めてドアを開けた覚えがある。あの頃は「自分と友人 対 英国人」という図式で、“異世界の異人”の中に入り込むというのは、それなりに勇気が必要だったのだ。
友人にカウンターで注文してもらって、隅の方の席で二人で飲んだなぁ。当時はビールが飲めなかったので、ドライなホワイトワインを1杯。それだけで、「英国のパブで飲んだ!」と一冒険した気分だった。

 今は、気が向けば一人でもパブに出かける。英国人も親しい隣人で、声をかけてくる人と(おぼつかない英語ながら)ひとときを過ごすのも愉しみのひとつだ。

 年を重ねるごとに、怖いものが減っていき、親しい人が増えていく。それもまた一興。

 柔らかな暖色が支配する店内にぼんやりと8年前の自分の残像を見ていると、彼が袖を引いてくる。「?」と見返したら、隅の席が空いたから、座ろうと顎をしゃくる。紫煙をかき分けるように奥へ進むと、座る私に、かかんで目線を合わせながら聞いてくる。

─Would you like one more…Graduate?
─Yes, please.

 Graduate(卒業する/卒業生)だの、Versity(大学)だの、College Aleといったビールの銘柄があるのが、このパブのおもしろいところだ。
おかわりを買いに席を立つ彼。一人残された私に、すかさず隣の席の年輩の紳士が声をかけてくる。

─Where have you come from?
─I've come from Japan.
─Oh! It's far from here.

 見知らぬ人との会話の始まりはいつもこんな感じだ。次に来るのは「何をしに来たのか?」「オックスフォードをどう思うか?」というところが定番。
紳士の向いに座っていた、白い髪を優雅に結い上げた中年の女性も興味を示して、「最近、ロンドンで日本食を食べたんだけど」と会話に加わる。
 そこへ両手にビールグラスをもった彼が戻ってきて、いきなり会話はアップテンポに。初対面の挨拶から、New Year待ちですか云々、ちょっとした天気と景気の話が飛び交っている(らしい)。
また、どこかのグループから歌の手があがって、それにアコーディオンの音がかぶさったり、カウンターのスタッフから間の手が入ったりしている。
歌に負けじと会話のボリュームも上がるので、店全体がうわーんとした音に包まれるようだ。

 ……あぁ、酔ってるな。
この雰囲気に。いつも以上に親しげな人たちに。今この国のここにいる自分に。
酩酊は、葡萄の冠をいただく酒神ディオニソスの恩寵。
The Grapesは酒神に捧げるみずみずしい供物の名。

 突然に声が上がる。

─A Happy New Year!
─A Happy New Year!

呼び交し、グラスを触れあわせる。
そしてキス。

葡萄のまろみの感触。
互いの瞳の中に、互いがいる。

今年もたくさんいいことが、あなたにあるように……。
─I wish you have a Happy, Happy New Year!


グレープス
パブ The Grapes


The Grapes, George St
George St.

営業時間:Mon-Sat 11:00〜23:00
     Sun 10:30〜15:00、19:00〜22:30
ビール銘柄:Morrells Bitter、 Versity、Graduate
      ゲストビール:Bass、Morrells Collage Ale、Double Dragon
フード:ランチタイム(Mon-Sun 12:00〜14:00)
    ディナータイム(Mon-Sun 18:00〜20:00)
    基本は£5前後の魚料理、チリ・ステーキ。
    終日ブレックファーストOK。

Pub Information from
"Good Pubs of Oxford 3rd Edition" Pintsize Press



TITLE PAGE NEXT


禁/転載・再配信
Copyright©ZATSUBUNDOU All Rights Reserved
Wrote 4 June 2002



Material Designed by Studio Blue Moon様
BLUMOON


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送