The Dreaming Another Country
そこはもうひとつの国

ホルスト『惑星』

ポイント

 英国でもっとも美しい田園風景といわれ、日本人観光客の人気も高いコッツウォルド丘陵 Cotswold Hills(別名コッツウォルズ)。それはオックスフォードの郊外バーフォードから、西はチェルトナム、北はストラトフォード・アポン・エイヴォンまでの一帯である。
オックスフォードからバスに乗り、コッツウォルズを横切って西を目指す。窓外を過ぎ行く、丘を緑や黄色のキルト模様に彩る田園や、低い石垣にツルバラがつたう黄色がかった田舎家を眺めるうちに、瀟洒な白い都市に到着する。
 ここがチェルトナム Cheltenham。広く整えられた歩行者天国のプロムナードには、街灯のポールに花鉢が飾られ、花壇には花が咲き乱れる。町の中心ではギリシア・ローマ風の彫像から噴きだす水が弧を描き、一瞬ローマに来たような錯覚に陥る。
 風までがやさしく感じられる上品な街。それもそのはず。チェルトナムは、1715年に温泉が発見され、1788年にジョージIII世が訪れて以来、王室御用達の保養地なのだ。街のあちらこちらに緑の公園が木陰をつくり、白いテラスの並びが美しい。劇場やタウンホールなどの社交場も完備。特にタウンホールでは、コンサートはもちろん、水曜日ごとに舞踏会が開かれ、7月には世界の音楽家が集まる音楽祭 International Festival of Musicが催されるそうだ。

 チェルトナムの街を散策しながら、Clarence Rd.に行ってみよう。その通りの4番地にグスタフ・テオドル・ホルスト Gustav Theodore von Holst(1874〜1934)の生家がある。現在はホルスト博物館になっていて、愛用のピアノや直筆の楽譜などの遺品が、ヴィクトリア時代の調度や生活用品もそのままに展示されている。ピアノ室にかけられた大きな肖像画を見上げれば、気弱そうな表情を浮かべた初老の男性が迎えてくれるだろう。

ホルスト生家
ホルストの生家。中は博物館になっている。


 ホルスト一族はスカンジナヴィアに源をもち、グスタフの曾祖父マチアスはサンクト・ペテルスブルクのロシア宮廷において音楽家の重鎮だった。しかし19世紀初頭には英国に渡り、ロンドンに住んで音楽教師になった。マチアスの息子グスタフス・ヴァレンティンは、チェルトナムに移り、町の社交界でハープとピアノを教えた。グスタフス・ヴァレンティンの子、アドルファスもまたホルスト一族の音楽の血を継いで、チェルトナムのオール・セインツ教会のオルガニストに就任する。アドルファスは、ピアニストでシンガーのクララ・コックス=レジアルドと結婚。二人の間に生まれた最初の子どもがグスタフである。グスタフが8歳のときに、母クララは病死。その後はアドルファスの姉妹が、残された子どもの面倒をみた。
 グスタフは幼少時から、弟のイーミルとともにピアノやヴァイオリンのレッスンを受けた。父の望みは息子をコンサートピアニストにすることだったが、グスタフ自身は作曲家になりたかった。
 1892年、持病の神経炎により、グスタフの指は動かなくなり、結局ピアニストへの道は絶たれてしまう。生活のために、彼はコッツウォルズの小さな村の教会のオルガニストと合唱団の指揮を勤めるが、そのうちに作曲した作品が評判になる。息子の才能を認めた父親の援助で、グスタフはロンドン王立音楽大学に入学。作曲を学んだのち、音楽教師になった。1901年、合唱団のソプラノ歌手イゾベル・ハリソンと結婚する。

 グスタフは若い頃からヒンズー哲学に興味をもち、サンスクリット語を学んで、『リグ・ヴェーダからの合唱讃歌』や『ラーマーヤナ』からオペラ『シータ』、『マハーバーラタ』から室内オペラ『サヴィトリ』を発表。また、日本人ダンサーのために舞踊組曲『日本組曲』を作曲、北アフリカや中東を旅したりと、外国にも興味が深かった。
 それ以上に、大学時代に知り合った親友レイフ・ヴォーン=ウィリアムズやセシル・シャープらとともに「フォークソング・リバイバル」(民俗音楽復興)に関わり、ヘンリー・パーセル(英国バロック時代の大作曲家)やバードなど英国の古典音楽の発掘に功績を残した。
 「パーセルの再来」と呼ばれ、英国国民に愛されたグスタフ・ホルスト。しかし、元から頑健でなかった彼の後半生は、病いとの闘いだった。1934年5月25日、ロンドンにて死去。

 そのグスタフの名声を確立し、不動のものとした大曲こそ管弦楽組曲『惑星』 The Planets Op.32(H125)である。
『惑星』は以下の7曲から構成されている。
第1曲:火星 -戦争の神  Mars, the Bringer of War
第2曲:金星 -平和の神  Venus, the Bringer of Peace
第3曲:水星 -翼のある使いの神  Mercury, the Winged Messanger
第4曲:木星 -快楽の神  Jupiter, the Bringer of Jolity
第5曲:土星 -老年の神  Saturn, the Bringer of Old Age
第6曲:天王星 -魔術の神  Uranus, Magician
第7曲:海王星 -神秘の神  Neptune, the Mystic

 グスタフは1913年、劇作家クリフォード・バックスから占星学について教わり、そこから曲のインスピレーションを得たといわれている。つまり、これらの惑星は天文学的なイメージよりむしろ、占星学でいわれる惑星のイメージで作曲された。
占星学で、惑星に対応する神々の性格を以下にざっと挙げておく。火星マーズ(アレス)は破壊を呼ぶ軍神。金星ヴィーナス(アフロディテ)は愛と豊穣の女神。水星マーキュリー(ヘルメス)は商業、通信、泥棒の守り神で死を告げるメッセンジャー。木星ジュピター(ゼウス)は主神であり女好きの神。土星サターン(サトゥルヌス クロノス)は時間の神。天王星ウラヌスは超意識を直観する改革者であり魔術師的性格をもつ。海王星ネプチューン(ポセイドン)は海を司り、神秘主義に惹かれる者の神である。

 第1次世界大戦直前の1914年5月、まず「火星」が着手された。全曲が仕上がるのは、それから2年後。何度も試演奏が行なわれ、ようやく1920年11月15日、ロンドンにてグスタフ自身の指揮のもとで全曲が初演された。この演奏は聴衆のみならず、タイムズ紙でも最高の評価を得て、彼の名前を一躍有名にした。


 その人気のほどは、『惑星』の第4曲「木星」が「英国第2の国歌」と呼ばれていることからもうかがえる。
特に「木星」のアンダンテ・マエストーソ部分はグスタフ自身のアレンジで、歌詞がついた合唱曲に再編されている。
それが Hymn:I vow to thee, my country「聖歌:祖国よ、我、汝に誓う」である。

I vow to thee, my country―all earthly things above―
Entire and whole and perfect, the service of my love;
The love that asks no question, the love that stands the test,
That lays upon the altar the dearest and the best;
The love that never falters, the love that pays the price,
The love that makes undaunted the final sacrifice.


祖国よ、我、汝に誓う──それは地球上のなにものよりも我が国に、
欠けることなく完全な全き我が愛を捧げんことを。
その愛に疑いはなく、その愛は試練に克ち、
祭壇に置かれる何よりも貴く、最上である。
その愛は決して揺らぐことなく、その愛は見返りを求めず、
その愛はたとえ最後に犠牲になろうとも怖じけることはない。

And there's another country, I've heard of long ago―
Most dear to them that love her, most great to them that know;
We may not count her armies, we may not see her King;
Her fortress is a faithful heart, her pride is suffering;
And soul by soul and silently her shining bounds increase,
And her ways are ways of gentleness, and all her paths are peace.


また、もうひとつの国があると、昔聞いたことがある。
国を愛する者にとってもっとも大切であり、
国を知る者にとってもっとも偉大である、そんな国。
その国は軍隊をもたず、王もいない。
その国を守るのは、誠実な心と、受難を耐える誇りである。
やがて魂から魂へ、静かにその国の輝きはいきわたる。
その国の応対は思いやりに満ち、その道はすべて平和である。

 詞はセシル・スプリング=ライス Sir Cecil Arthur Spring Rice(1859〜1918)の「Last Poem」より採られている。スプリング=ライスは第1次世界大戦時の英国の外交官で、詩も物した。

 この聖歌は、故ダイアナ妃が「always been a favorite since schooldays 学生時代からずっと好きな歌」だからと自分の結婚式にリクエストし、そして1997年の彼女の葬儀の際にも葬送曲として演奏された。
 また祖国を裏切ったダブルスパイが語る、英国のエリート階級の思想やパブリックスクールの内情を、叙情的な映像で描いた映画『アナザーカントリー』 Another Country(1984)のタイトルは、映画内で歌われたこの曲に由来しているとか。


 『惑星』は、グスタフ・ホルスト自身と遺族の意思で、楽器構成の変更、編曲、抜粋しての演奏が禁じられている。故に、大規模なオーケストラ編成のうえに女性コーラスも必要という事情で、なかなか生演奏にはお目にかかれない。

 近年に冥王星が発見されたため(ホルストの時代は冥王星は発見されていなかった)、ホルスト協会のコリン・マシューズにより「冥王星 -再生をもたらす者 The Renewer」が追加作曲され、演奏されている。


ここに掲載していましたチェルトナムの「タウンホール」の写真は、
正しくは「Municipal Offices」とのご指摘をいただきました。
確認のうえ訂正し、写真は削除いたします。
ご指摘、ありがとうございました。(1. May 2008)





訳:雑文堂(超訳です。ニュアンスをお受け取り下さい)
参考サイト:<日本語>「ホルスト」
           「ホルスト『惑星』の全曲解説」
           「作曲家ホルストの全体像」
      <英語> 「I vow to thee, my country」(MIDI付)
           「Classical Music on the Web」

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Wrote 30 July 2002
Rewrote 31 July 2002


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