PUB STORY in OXFORD
#6
Head of the River
「春宵一刻、価千金」 オックスフォードでも春のこの風情は変わらない。 4月。新緑を輝かせていた太陽が西の空にオレンジ色の帳を広げるころ。通りの店がそろそろ照明を灯すころ。 オックスフォード運河沿いの小道を歩く。運河には中型のボートが列をなして並んでいる。その船体は平ベったく、狭い甲板の上にちょこんと載った四角い立方体が操縦室兼居室だ。側面に緩衝のタイヤをいくつもぶらさげた様子は、ちょうど港から巨船を引き出すポンポン船に似ている。 どれも船体が黒と赤、濃緑色に塗られ、操縦席の四角い箱には、ペンキでバラのブーケなどが描かれている。よく見れば、白と赤のペンキを同じ刷毛で、双方の色が乾く前にさっとはいたような感じだ。白と赤のひとはきが絶妙に混じって、赤、ピンク、白の花びらの濃淡を表現している。そのひとはきが半月状にいくつも描かれて、ひとつのバラの花、そしてブーケを構成している。緑の葉もまた緑のペンキのひとはきだ。船体のほか、甲板に置かれたバケツやジョウロにも同じような花の絵が描かれている。 眺めていると、四角い船室から女性が顔を出した。細かいウェーブがかかった赤茶の髪をバンダナでくるみ、青い瞳がぱっちりとした、中年の婦人だ。 ─Hi! ─Hi! 「この絵、きれいね」 「ありがとう。これは私が描いたの。ほかの船もだいたい持ち主が描いてるのよ。でも、私の絵は評判がよくって、小物なんかは描いてあげたりしてるわ」 といって、バケツを掲げて見せてくれる。 「かわいいわ。どの船のもこんな感じだけど、決まりがあるの?」 「そう。これはオックスフォードでしか見られない、伝統的な絵なの」 「そうなんだ。ところで、この船はあなたの船?」 「そうよ」 「ボートに乗るのが趣味なの?」 「この船は私の家よ。地面に家をもつと税金がかかるでしょ。払えないもの。ここに係留してる船はみんなそうよ。家の代わり。冬の間は運河が凍るから動けないけど、季節もよくなったし、そろそろテームズ河をあちこち回ろうかと思ってるの」 「不便じゃない?」 「ううん。料理もできるし、快適よ。なにより、私は絵描きだから、こうして河を巡っていろんなモチーフを捜せるのが楽しいわ」 「そうなんだ。気をつけてね」 「そちらもね。あなたも私と同じトラベラーでしょ」 「ええ、そう。またね」 「またね」 Traveller、旅行者。でも別の意味がある。ジプシー、家をもたず旅する者。 運河がテームズ河に合流するあたりに、そのパブはある。 Head of the River。名のとおり、河に面したパブだ。河畔に開かれた広いテラスには、夕暮のなかで、すでに大勢の人が笑いさざめいている。 1975年に倉庫が改造され、1995年に開店した新しいパブだ。英国では、Head of the Riverと同じような、使われなくなった倉庫(warehouse)を改装・改造したパブやレストランがふえている。 2階テラスがテムズの川面まで突き出し、夏には、真下に夏の川遊びのボート(punt パント)の群れが行き過ぎるのを見ることができる。 玄関のパティオには大きな錨が置かれていて、河や運河が実際に物資の輸送に使われていた時代を彷佛させる。 パティオにもテラスにも、四方の窓を開け放した店内にも、川から春のやさしいそよ風がほわりと流れてくる。刻々変わる夕景に、ときにはビールグラスから顔を上げて「ほうっ」と息をつく人もいれば、かまわず話しつづける人もいる。 パブの隣はクライスト・チャーチ・メドウ。風に、川端の柳のほかに花の香りが混じるのは、メドウがきっと花盛りなせい。 リンゴ、プラムの白い花、八重桜の紅、デイジーの白に黄色、タンポポの黄色に綿毛の白……。 例えばこんな春の日の、メドウの花盛りのなかで、かのCharles Lutwidge Dodgson(ルイス・キャロル)は、クライスト・チャーチ・カレッジ学寮長の娘アリス・リデルと出会ったのかもしれない。
春の宵には酔いもたやすい。 トラベラー、エトランジェ(異邦人)。 この国に何の責任もなく、何の過去ももたず、ただ心地よく滞在しているだけの。 それが心地よいと思っている自分を見つけて、またそれもよしと得心する。 いつしかあたりは闇。空にはちらほらと星の影。 グラスをカウンターに返して、帰宅のバス停に急ぐ。
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Head of the River Folly Bridge(CarfaxからSt.Aldates沿いに南下) 営業時間:Summer:Mon-Sat 11:00〜23:00 Sun 12:00〜15:00、19:00〜22:30 Winter:Mon-Sat 11:30〜15:00、17:30~23:00 Sun 12:00〜15:00、19:00〜22:30 ビール銘柄:Fuller's Chiswick Bitter、 London Pride、ESB フード:(Summer:ランチタイム&イヴニング〜21:00 Winter:ランチのみ 12:00〜14:30) フードメニューは、一般的なメニューにプラス独創的なアイデアもあり。 選択範囲はいろいろ。メインコースはサラダ付。 ベジタリアン用のメニューもあり。 その他:子ども同伴可。身体障害者に対応。 Pub Information from |
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